本当に只のメモ
いるもの/いらないもの の整理をしているのだけれど、学生時代の1冊のスケッチブックに当たった。
色瀬は、大学時代のサークルは「マン研(マンガ研究会)」と「美研(美術研究会)」に入っていて(※)、これは美研のもの。(※厳密にはあと茶道・創研(創造工学研究会)・SF研(スーファミ研究会)に入っていたのだけどそれはここでは関係ない)
作品自体は大したことないので破棄するけど、最後のページの書き込みだけ、ちょっと今後の考えるヒントになりそうなのでテクストにしてここに採っておこうかな、と。
わざわざmuseのスケッチブックなんて持ち出して、「モデルは一切無し」ということで試しに1冊描いてみた。 で、スケッチよりラフに近い。
もとより、『アート⇔イラストレーション⇔マンガ』の境界線というものを考えてみたくて、で、描いたものを振り返ってみると、いわゆるスケッチとは大きくかけ離れていることがわかる。 スケッチの場合は、たとえば顔などでもちゃんと陰影をつけるわけだけど、マンガの場合はそういったものは極力省いていく。 目があり、鼻があり、口があるという、高度に記号化された状態である。
私の絵はマンガから抜けきっていない、いや別に抜ける気はないのだが、この、世間では対極にあるような2つのモノの狭間に、何か新しいものがあるような気がするのだ。
マンガのように親しめるアート。
アートのように厳としたマンガ。
――そのギリギリの線というのは、どこに引けばいいのだろう。
199X MAY 1st Aki
いやー青臭い(笑)
日本のMANGA・ANIMEが世界に認められるようになった云々という事が言われる00年後半になって、この疑問の答えがほんのちょっと輪郭だけ見えた感じではあるんだけど、それはまだ全体1%くらいなのかなあっと。 とはいえこれは色瀬的表現の「原点」ではあるんで、もうしばらく、それこそ数年もしかしたら数十年のスパンで、考えていきたいと思います。