グラフィティ・フリークとしての個人的見解

 まずお断り。 私はいわゆるボム的グラフィティはやったことありません。 「どうせ後で塗るからいいよ」というところか、さもなければ大ベニヤにジェッソ塗ってカンバスにしてやってました。 つっても習作にも満たない、真似事で、本当にストリートな人からは怒られそうなレベルですけど(汗)
 いわゆる街角のグラフィティと、今回の落書きを同一視するというのは、正直、「ふざけるな」ですね。 「ライターの多くにとっては「捕まる」「パクられる」なんて事態はおよそクールじゃないことになるのだろう。」という見解はかなり正しくて、グラフィティというのは「書いて、逃げる」までがワンセット。 逃げそびれたグラフィティの残骸なんてそれはグラフィティではない、ただの染み。 掘ってる現場を見られた落とし穴みたいなもん。


 見つからないようにグラフィティを打つ。 警察に見つかりゃ、スラム暮らしの黒人で貧乏で学もないオレにやつらは容赦しない、指やアバラの1・2本、ヤられるかもしれない。 OK、つかまらないように逃げ切ってやるぜ、そして掃き溜めの中からお前らのアタフタした姿をあざ笑ってやる。
 打つときだけじゃない、スプレー調達から逃げるところまでがグラフ。 え、調達がどうした、だって? スプレー買う金なんて無いんだから、盗むしかないじゃないか。 大変なんだぜ、グラフに十分な数のスプレーを抱えて逃げるのは。


 もともとヒップホップというのはブロンクスとかの貧困層の「社会への反発・反逆・挑発」。 要するにボムってのは反社会の美学、ヒールの美学。 正義正義と言う分には構わないが、つかまれば有罪だと意識してやるんだから、無罪を主張するってのはちゃんちゃらおかしい。
 あまつさえ、弁護士をたてて、何十ドルもする薬品を使って、洗浄するのは簡単だと言い張る?
 「くそブルジョア野郎め。 お前らに、万引き防止タグをつけたままのジャケットを着るCOOLさなんて一生わからないだろうさ。」

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